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しずおかグリーンツーリズム研究所
大魔神「Q」の旅や思いをつづるコラム
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湯布院の旅(4/28~5/2)その2
その蕎麦を食卓に並べ、清水兄弟と酒を酌み交わしながら今宵を過ごすことになったのは、もう8時を回った頃だった。
この春大分県庁を辞めた清水兄は、我々が蕎麦打ちに奮闘している間、旅館を所狭しと走り回っていた。土木技師として河川プールをつくったり、河川に大きな石を並べたりと先駆的な試みをしてきた男で、久し振りに会うとだいぶんシャープな体つきになっていた。「Qさん、役所も宿屋も同じサービス業やけん、そんなに抵抗はないわ」。
話を聞くと、どうやら兄が宿を継ぐらしい。今の主は由布院で
次の夢を追うようだ。二代目湯布院町長を父に持つ彼等のことだから、何かしでかしてくれそうだ。かつて石畳を歩く下駄の音が山間にこだましていた湯平は、静かな温泉地と言うか、時代に取り残されたかのように古びた温泉地になっていったが、ここ数年は若者が帰り、小綺麗な宿に改装したり、展望露天風呂ができたりして、元気が出てきている。

石畳にあった空き店舗も「石畳の駅」として休憩所、作家の店になったり、アジトと名付けて週末バーをオープンし、文字通り地元の若い町の担い手が集う場になっている。共同温泉も飲泉場も路地も、改めて目を向けるとお宝ばかり。くすんでいるこれらを磨き上げる作業、名付けて「石畳浪漫プロジェクト」が動き出している。

お楽しみはまだまだこれからだ。(つづく)

※写真は、湯平温泉祭りの仮装舞踊に備えて練習する湯平の衆

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湯布院の旅(4/28~5/2)その1
一年振りに湯布院に里帰りした。湯布院町には由布院温泉と湯平(ゆのひら)温泉という二つの温泉地があるが、この二つは全く趣を異にする。由布院は、由布岳を正面に据えた盆地の中の田園風景に、農家が、住宅が、お店が、そして宿屋が点在し、街道筋は幾多の店で賑わっている、そんなところだ。一方の湯平は、花合野川沿いの谷間に宿屋がびっしりと軒を連ねている。「湯平というところは気に入った、いかにも山の湯の町らしい石だたみ、宿屋、湯壷、料理屋等々おもしろい…。」とは種田山頭火が「行乞記」に記した一節だ。

湯治場の雰囲気が色濃く残っている。旅のスタートはここ湯平に宿をとることにした。岩風呂があり、目の前を花合野川がとうとうと流れ、その音を寝ぼけた頭で聞くと今日は雨かと勘違いする。ここの主夫妻とは大変親しくさせてもらっている。

以前「蕎麦打ちをやってみるけどうまくいかん」とぼやいていたのを知っていたので、ちょいと教えてやろうと厨房に潜り込んだ。お客さんへの食事の用意が済んでいたのか、従食を作っているところだった。従食、そう従業員の食事を料理長は作らない。代わりにかなり年輩のご婦人が桶でちらし寿司を作っている最中だった。

蕎麦打ちを始めるや否や、手を休め、じっとこちらを見ている。そして矢継ぎ早に「つなぎは何を使うの?水の量は?」と質問攻めだ。70はゆうに超えている彼女は料理作りにとても熱心で、そこの料理長からは「その腕なら食堂開いたら」との評価を受けているとか。

肝心の主の清水さんに教えなくてはと目をやると、水回しに力
が入っていた。「自然に粉同士がまとまるまで粉を廻すんだ、練
る工程はだいぶ後なんだね、初めて知った。」のしの工程も順調
にこなした。さて、切りに入ろうかと包丁を出してもらうと、恐れていた通り、あまり褒められた代物ではない。刃が短すぎるのだ。
遠く浜松から持ってきてよかった。細く切るのはまだまだだったが、なんとか蕎麦はできあがった。(つづく)

※写真は川べりの共同浴場

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