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しずおかグリーンツーリズム研究所
大魔神「Q」の旅や思いをつづるコラム
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ぼうらや
「ぼうらや」の食事を楽しむ会という案内が、鈴木正士さんから届いた。正士さんは、私が平成6年度に出向した豊岡村役場の上司だ。氏との出会いがなければ、湯布院で観光協会の事務局長をやることもなかっただろうし、その後の今の私もないだろう。人生のキーパーソンなのである。

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さて、この「ぼうらや」とは、豊岡村万瀬という山中にある集落に建てられたムラのレストランのことである。集落と言っても、家と家との間は結構離れていて、道沿いに車を駐め、四季の変化が身近に感じられる山道のアプローチを楽しんで、それぞれの家に到着するようなところだ。過疎化が進む典型的な中山間地、しかも今年の4月には合併で磐田市の北限になる。このままでは――、との危機感があった。

そこで旗を振ったのが乗松洋一氏だ。「万瀬含む、ここ敷地は寿司米として評判の高い米の産地だ。旨い米を出す食事処をやろうじゃないか、それも一流の。」早速、有限会社を興し、1口20万円の出資を、まずは地元の人を優先に募った。私にも声が掛かったが、もたもたしているうちに目標額を達成し、「出資はいいから、お客を頼む」ということになった。

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「ところで、いつこれをやろうと決めたのですか?」「もともと考えてはいたけど、決心したのはあの黎明フォーラムPART Ⅳさ。」出向していた平成7年1月に、最初に開催した黎明フォーラムの時には地場直販店「白壁館」を開くことになり、今度は「ぼうらや」がオープン。フォーラム企画者としては嬉しい限りだ。

ところで、この「ぼうら」という名詞をご存じだろうか?私にとっては昔から慣れ親しんだモノの名称だ。筒状の竹篭で、紐がついており、この紐で腰に「ぼうら」を結ぶ。野良仕事で収穫した野菜を入れたり、草取りでは雑草を入れたりする、実に重宝な代物なのだ。

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昨年11月11日に上棟式があった。丸太構造の骨太の空間がいい。設計は友人で建築パートナーの久保剛司氏だ。任せて安心、デザイン性の高さも然ることながら、極めてコストパフォーマンスの高い設計が信条だ。静岡県NO.1の売上を誇る農産直販店が同じ豊岡村にある。その「とれたて元気村」の設計も氏によるものである。棟梁は若くて手際が良かった。角材と違って太さが一定しない丸太同士の仕口もきちっと収まっていた。棟木には私も名前とメッセージを入れさせてもらった。餅まき後の上棟式の夜は、地元の方々に久保氏、棟梁を交えて、これから先の夢を語り合い、大いに盛り上がりながら更けていった。

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グランドオープン前の12月23日のお披露目食事会に家族で行った。乗松氏が「予約制で、こだわりの料理と米を出す。単価は4千円程度にする。」なるほど、通りすがりに寄るようなところではない、「ぼうらや」に来る目的を持った人以外にお客はないのである。4千円の料理となれば「素人芸の田舎料理でござい」というわけにはいかない。プロの指導に地元の方々が頑張った。造り酒屋の旧家を再生したギャラリー・食事処「花咲の庄」の立ち上げに尽力した千葉弓江さんは、今度は「ぼうらや」にチャレンジ。ムラのみんなの夢を託したレストランなのだ。

さて、前菜は鱈とサーモンのカルパッチョ(ゴマ風味)、温物は具だくさんの特製茶碗蒸し、焼き物は牛ロース・自然薯、揚げ物は村特産のえび芋饅頭カニあんかけ、これは美味い。「ぼうらや」ご自慢の土鍋炊きご飯に味噌汁、漬物。デザートのシフォンケーキがこれまた絶品。湯布院にある日本三本指に入る人気旅館「亀の井別荘」のオーナー中谷健太郎さんが言った「どんなにいい料理出しても、最後の米が駄目だと全て駄目なんだよ。」の言葉が頭をよぎる。地元の食材をきっちりと使いこなした、しっかりとした料理だった。 どうです、一度お出かけになってみてください。豊岡梅園の梅見を兼ねながら――。レストランからは遠州灘もアクトシティーも、山の緑を越えた遥か遠くに見晴かすことができます。

万瀬「ぼうらや」静岡県豊岡村万瀬493-2 電話0539-62-6661
11:00~14:00 14:00~17:00TEA TIME  食事は完全予約制です。
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唐橋名人の蕎麦打ち
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新春恒例、佐久間町の蕎麦祭に初めて行った。
県内唯一の本格的そば祭であり、遠州そば食文化研究所メンバーとしては欠かすことのできないイベントだ。
例年何かしらの用事に涙を飲んでいた。
今朝も地元の資源物回収の役があり、早く済ましてずらからなくては気持ちが急いていた。
何しろ佐久間まで浜松街中からゆうに一時間半はかかる。
お目当ての会津若松の唐橋宏名人のそば打ち実演が11時に迫っていたのである。同じ町内の林さんのベントレーに乗せてもらい道を急いだ。

11時少し前に会場に滑り込んだ。
数あるテントの前にはち立てのそばを求める行列があったが、それには目もくれずそば打ち実演会場に向かった。
幸い信州大学名誉教授の氏原さんの「そばの魅力とまちづくり」の講演が長引いていた。
遠州そば食文研のメンバーはすでに最前列に陣取っていた。

いよいよ会津きり屋の唐橋名人に登場に会場が沸いた。
観光カリスマにも選ばれている方だ。
その時見聞きしたそば打ちの勘所を上げておく。

石臼挽きとロール挽きの違い、ロール引きは熱を持つから風味が飛ぶとか言われるけど
それほどの熱をもつことはない、最近ではロールに水を通して熱を上げない工がされてもいる。
粒子が均一で打ちやすいのはロール挽だ。
それに比べ石臼挽は引き始めから全ての粒子がはいるため粒子の大きさにばらつきが大きい。
力強いそばが打ちあがるので堅くならないように留意する。
(値段はロール挽が2,3割安い。)

打ち粉は必要以上に振らない。
水分を吸収するから。水回しは3回に分ける。
分を行き渡らせるように窪ませた両手でそばすくい上げ
手を擦り合わせ粉をほぐすようにしてまとまらないようにする。
3回目の加水ですぐにまとまった。

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練りはまずは半分のみ、ここで堅さのチェック。
堅ければ残りの半分に加水、柔らかければそば粉を追加し練る、
これを合わせてちょうど良くする。失敗を無くしているのだ。



角出しは巻いて3回程度両手親指をくっつけてしっかり親指の腹で押して回す、3回でOK。
ほぼ四角くなったものをのし棒で修正、巻いて転がし薄くする。
のし棒は3本、そのうち2本は巻くためのもの1本は修正、のし棒は30度まで振って使える。

たたみは、切れ端を残さないためにへらで切って3枚
 だんだん幅を少なめにして重ねた最後が3枚、2枚、1枚と重ねを段々としてこま板ががたんと下がるのを防ぐ。



まな板へ粉を敷くにはまな板上を這わすようにして広げるのがいい。
切りは包丁の頭からはいれば先頭の切りがうまくいく。
こま板の立て板は包丁を傾ける分だけ傾けてある。
それにより一定の切り幅にできる。
 
無駄な動きはなく、無駄を出さない。
科学的理屈に合う打ち方、その技が美しい形となって現れる。
見事であった。
名人曰く「そばと会話ができるようになれば一流だ。そばを打つ過程でその様子を見て触れば、そばが何を求めているのかがわかる。」

早くそば会を段取りしなければ、その技の映像が目に残っているうちに。乞うご期待を。
陽の楽屋
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新潟県高柳町に環状集落という田を囲むように農家がある
集落がある。豪雪地帯ということもあって雪降ろしに邪魔
になる垣根はなく、いきなり庭先はいきなり田んぼだ。
そこに「陽の楽屋」と名付けられた集会施設がある。
設計は今人気の隈研吾だ。そう浜名湖花博の大量の竹を
吊るした独創的なゲートを設計した建築家だ。

この集会室の設計の依頼があった時、茅葺を提案したところ、
賛成反対は半々だった。何回となく続いた地元説明会の間、
茅葺を守ることに熱意のある町職員が皆を説得した。
その上、ガラスやサッシを殆ど使わず、和紙を使った。
「昔は、ガラスではなく障子だった。そのような紙を使った
ライフスタイルにしたい」と提案。この和紙は、門出和紙と
いってこの高柳町の手漉きの和紙で、地元のカリスマ職人が
つくった。すぐに破れてしまうのではと心配されたが、いろいろ
と調べると、こんにゃくと柿渋を塗ると強くなるとわかった。
床にも和紙が貼られ、座布団までも和紙で作られていた。
建物の際まで水田があり、この水田の中に建物がふわっと浮かぶ
ような景観にしようとした、と隈研吾が「美しい日本2004」
フォーラムで語った。ここに登場する役場職員が観光カリスマ
にも選ばれた春日俊雄氏であり、和紙のカリスマ職人は清酒
「久保田」ラベルの作者小林康生氏だ。そしてわずか2500人
のムラになぜ隈研吾が、それは江戸川大学の鈴木輝隆氏のネット
ワークによるもの。

「陽の楽屋」に身を置くと、周りと一体化しつつその存在が
放つその地に対する敬意を感じずにはいられない。
人の行為が伴ってできる景観っていうのは地の思想であり
哲学の集合体と思うのだ。知性の感じられないようなものを
地上に出現させるのは、もう止めにしたいものだ。

※たまには、一級建築士らしことも書きました。
都市計画課で地区計画を担当していたこともありました。

写真は「陽の楽屋」の中から外を見ています。
清流の恵み再びに
1月14日夜7時半から:30からNHKで「清流の恵み再び」に
三重県宮川村の西要司さんの特集だった。

昨年9月17,18日全国エコミュージアム大会で、この宮川村に来ていた。
その時に世話になった人が、まさにその西さんだった。
三重県宮川流域に数ある分科会で宮川村を選んだ。
湯布院に赴任して間もなく視察に見えたのが宮川村の方々だった。
もしかしたら、その時の人に会えるかもしれないと楽しみにしていたのだ。
残念ながら再会は果たせなかったが、
その時にお会いした素晴らしい方が西さんだった。

氏の宮川の清流を利用してあまごの養殖そして山葵の栽培の現場を見せていただいた。
山葵田のつくりが中伊豆で見たものと似ている。
そのことを西さんに言うと中伊豆の浅田譲二さんの名前が出た。
二代にわたって世話になっているとのことだった。
共通の知人に話で一機に場が盛り上がっていった。

「12月4日に中伊豆で蕎麦サロンをやるので来ませんか」と誘ったところ
夫婦で来てくれるとのことの返事を頂いた。

西さんがやっている自然学校のお話もサロンの大事な話題になると思わずほくそえんだ。
9月29日の台風による大雨で
宮川村が大きな被害を受けている映像が放映され、
西さんは大丈夫だろうかと翌朝にお見舞いFAX送ったが届かず、
事情もわからないまま見舞金を送った。

でも何の反応もなし、それから再び様子伺いFAXを出した。
でも、届くことはなかった。

もちろん12月4日の中伊豆蕎麦サロンにもその姿を見ることはなかった。

クリスマスの日にあまごのイラストの入った茶封筒の手紙が我が家に届いた。

~9月29日の土砂災害で、
家屋・生産施設の全てを失いましたが
家族一同無事でしたのが何よりの幸せだと思っております。
皆様からは ご丁重なお見舞いを頂きまして 
そのご厚情に深く感謝申し上げます。
私共は多勢のご支援を頂き
自宅周辺の整理をほぼ終え
今後池ノ谷のほうで復興の準備に取り掛かる所存でございます。
災害直後は何も手付かずの日々もありましたが
度重なる皆様の心温まる激励により
ここまでたどり着くことが出来ました。
今日まで父と歩んできました経験をもとに
自分自身の余生を それにかけて行く決意でございます。

~ その様子がテレビに流れた。

私が訪ねたわずか10日後の出来ごとだった。
あまごの養殖場も作業小屋も土砂に埋め尽くされていた。
場所を替え、重機を操る西さんの復活にかける姿がカメラは追っていた。

今、西さん63歳。

仲間を誘って、手伝いに出向きたいものだ、
「清流の恵み再びに」のために。
ネットワーキングの3原則
自分でできることは自分でしなさい」
「他人に迷惑をかけてはいけません」って
たいていの人は言われたんじゃないかと思う。

これは「孤立しなさい」「人と関わるな」というメッセージとも言える。
そもそも迷惑をかけずに人が生きているなんて人間関係はありえない。

迷惑って何だろう?相手は何が迷惑か?をお互いわかっていない。
だから自己チューという振る舞いができる。
人の命というのが、非常に大きな織物に中に相互依存的に、
他者との深い関わり合いの中で存在している。

ところが、近代社会はそれを断ち切って
孤立した一人の人という価値観を自立と言う言葉で押し上げている。
孤立しなさいというメッセージはいま、巨大になっているのではないだろうか。
「ネットワーキングの三原則」っていうのがある。

「自分でできることは自分だけでやらない」
「他人に迷惑をかけることを恐れない」
「ひとりではとてもできそうもないことをする」

どうですか?自分にできそうなことにチャレンジしてみると
ネットワークっていう意味が実感できるじゃないでしょうか。

せんだい・みやぎNPOセンター代表理事の加藤哲夫さんがそんなことを言ってました。そのご本人が2月17日(木)10時から16時まで、静岡駅前AOI講堂で講演そしてワークショップをします。ぜひお越しください。
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