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しずおかグリーンツーリズム研究所
大魔神「Q」の旅や思いをつづるコラム
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浜名湖えんためってナーニ?
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浜名湖えんためが紙面に、そして報道に出る機会が多くなっている。そこの顧問をしていることもあって、「浜名湖えんため」ってナーニ?とよく聞かれる。< ?xml:namespace prefix = o ns = “urn:schemas-microsoft-com:office:office” />>

発足は15年春、国土交通省中部運輸局の観光振興事業「観光なんでも鑑定団」の地域指定を浜名湖周辺地域が受けたこと、そして花博後の観光振興について考え、実行してゆこうというきっかけから始まった。

行政の連絡協議会でもなく、観光協会でもなく、地域の観光振興を、これまでにない縦横の連携でできないだろうかと立ち上がったのが、環浜名湖地域の観光振興を考える会、通称浜名湖えんためである。

でも、えんためってエンターテイメントを縮めたの?いいえ!Eco-friendly Native Tourist attractions Emotional Resort Major Enrichmentの浜名湖で、観光振興に懸ける想いをキーワードに、その頭文字をとってENTER-ME(えんため)とし、浜名湖で全国そして世界からおいでいただくお客様をおもてなしすることに主眼をおいて名付けたものなのだ。

会長稲葉大輔(舘山寺温泉鞠水亭)、事務局長中村昭(遠鉄観光開発)をリーダーに、浜名湖地域の旅館・ホテル、観光施設、行政マン、農業士、マスコミ、製造業者まで幅広いジャンルの業界から、やる気のある30~40代を中心の若者70名ほどで構成。必ずできる、即断即決即行動をモットーに、わずか1年余で旋風を巻き起こしている。

地産地消をテーマに、これまで下関に流れていた遠州灘産天然とらふぐを秋から冬にかけての名物に、おなじく京都はじめ関西に流れていた遠州灘産天然はもを夏場の名物に仕立て上げた。花博を契機にフラワーツーリズムを企画し、花の生産農家見学・体験ツアーを実施。冬の浜名湖に大量に飛来する野鳥を湖面から見るバードウォチングクルーズ、中田島砂丘でのロケ応援をきっかけにフィルムコミッションの立ち上げ。初企画が目白押しである。

これも全てプロジェクトごとに仕事人がついているからである。農業であれば牧田雅規、野末倍由と袴田伯領、地産地消の遠州天然とらふぐと言えば森下忠康、観光ガイドには新村洋と田中孝典、フィルムコミッションなら太田安吉。さらには、行政や商工会議所のサポートも加わって輪が広がっていった。

会長からメールが入った。「すっかり秋らしくなりました。いつもありがとうございます。ふぐの被り物で浜松市内を闊歩している稲葉です。10月15日の天然とらふぐ祭りセレモニーは100名の参加をいただきました。花博も終わり、いよいよ浜名湖えんための活動も本格化していきたいと思います。これまで忙しくて尻込み気味だったみなさま、ぜひドシドシ積極的なご意見、ご協力をお願い申し上げます。」
「全力で走れば光が見え、光が射してくる」の通り、浜名湖えんための活動が注目されているが、お楽しみはまだまだこれからだ。

浜名湖えんためホームページ http://www.enter-me.jp

浜名湖えんため顧問 溝口久
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大分県安心院の旅 2004.6.12
引佐町自立経営農業振興会女性部会の立岩さんから、「溝口様のおかげで素晴らしい研修をさせていただきました。大分県安心院町農泊、由布院玉の湯旅館、大山町。どの場所でも大切にされ、大変お世話になりました。飲みながら町の発展を語り合いました。これで少なくとも農家に嫁に来たことを後悔することは以後なくなります。また農業のよさを今後の世代につなげてゆきたい。そのために何か誰かがやるのではなく、自分たちができるところからやらせていただくことが大切と気づきました。本当にありがとうございました。」という便りが届いた。

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6月12日、その安心院(あじむ)に来ていた。翌日の湯布院の友人の結婚式に出席するには、夕方までに湯布院入りすればいい。車で連れ歩いてくださっている大分県竹田市の吉良山さんが親しくされている、農家の中山ミヤ子さん宅をめざした。離れを改造し、世に言うグリーンツーリズムをされている。玄関上には「舟板昔ばなしの家」と書かれた看板があった。身長140cm台の吉良山さんの横に立つ188cmの私の姿に、中山さんは驚いた様子だった。吉良山さんはその怪訝そうな顔を察知したのか「静岡県から来られた溝口さんです。前、由布院観光総合事務所で事務局長をやっていたんよ」と紹介してくれた。「今の事務局長の米田さんが家族連れでよく来るんよ。まあ、ようこそ中へどうぞ」


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築100年のその家には囲炉裏の部屋があり、2階に上がると客間があった。歴史を重ねた土壁、そして開け放された窓からは農村風景が一面に広がっていた。永き時を経た暮らしのある空間が、我々をやわらかく包み込む。
囲炉裏を囲み、お話が始まった。食事はお客さんと一緒に畑で採れた野菜を使った料理をつくり、囲炉裏では炭をおこして鍋料理。体験も用意されていて、田畑の手伝いから炭焼き、牛飼い、草木染め、うどん・そば打ち、豆腐やこんにゃく作り。そう、これらは昔、家で自らがしてきたことばかりである。子供の頃、味噌汁の中に具の他に潰しきれない大豆があったことを思い出す。お客さんと一緒に囲炉裏を囲み、3時間以上おしゃべりしながら食事を楽しみ、家族団らんのような時を過ごすことをしている。まさに昔ばなしの家だ。ちなみに舟板と名前にあるから家の外壁に舟板でも使ってあるのかと思いきや、ここの地名で、昔は船の板になる木を出していたとのこと。話が進むうちにお茶菓子が出、次は漬物。漬物にはやっぱりお酒、なんとどぶろく登場。座はいやが上にも盛り上がってくる。

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「私はそば打ちで全国を回ったりしているけど、一度こちらでも打ってみましょうか?」「え、ほんと。実はうどんはまあまあ打てるけど、そばは今一なんよ」話はまとまった。次はそば打ち伝授に来よう。
そろそろお暇しなくてはと外に出た。風呂の焚き口があるではないか、五右衛門風呂だ。これもお客さんに沸かしてもらうとのこと。うーん、まさに日本の昔の暮らし体験の宿と言ってもいい。ムラの昔ながらの暮らしぶりを守る装置が、このグリーンツーリズムなのかなぁ。
今、安心院町内には農家民泊家庭が15軒ある。私の行き付けの時枝さん宅もそのうちの一軒だ。ほどなく時枝さん宅に着く。ここは何と言ってもばあちゃんに会うのが楽しみだ。10年前に安心院にグリーンツーリズム研究会が作られた。そこに参加していたお嫁さんが「農泊を始めてみよう、まずは会員制にして。やってみなくっちゃわからないから」とノセられ帰ってきて、家で話すと「と、とんでもねえ」ばあちゃん大反対。それが一度経験したらその面白さにはまり、研究会の欧州グリーンツーリズム講では一番にドイツに旅立った逸話がある。今では玄関入ると「こころのせんたく 百年の家ときえだ」と書かれた木の輪切りの看板がおいてある。壁には簡易宿所としての旅館業法の許可書が掲示されている。大分県は全国に先駆け、グリーンツーリズムである農家民泊を営業許可したところだ。

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「溝口さん、よう帰ってきなさったなあ。まあ、食事でも」昼食時に図々しくお邪魔していたのだ。川魚を揚げたもの、竹の子と椎茸の煮付け、イカの入った野菜サラダ、目の前であぶってくれる焼きおにぎり、ごま豆腐と、あっと言う間にテーブルがご馳走で埋まった。「あ、そうそう ビールも飲むかえ?」との言葉が終わる前に頷いていた。ここは親類以上の親類に来た気分にさせてくれる。積もりに積もる話と美味しい手料理に時の経つのを忘れてしまう。

「うちの奥さん、農泊始めてからは、輝やいちょるよ。以前は体が弱くて医者通いばかりしとったが、最近はすっかり治っちょる。お客さんが喜んでくれるのがうれしいんじゃろうね。」と安心院のグリーンツーリズム便に書かれていた。
時枝のばあちゃんも年とることを忘れてしまっているようだ。8年前に会った時と何にも変わってはいないのだから。
「1度泊まったら遠い親戚、10回泊まったら近い親戚になれる」が安心院のグリーンツーリズムの真骨頂なのだ。安心院の友人の荷宮さんは言った「10年前、今の姿は想像できんやったな」。

引佐の女性陣の視察は20人近くの団体だったから4軒に分泊した。それぞれ異なる個性があるのが嬉しい。後日届いた研修報告書に「農家に人が泊まるということは、自然を満喫すること。そして農家自身は農業を守る役割がある。私たちも今生活している農業が如何に価値のあるものかを知り、大切にしていくことの必要性を教えていただきました。まずは、身近な人々に泊まっていただく場合でも温かなおもてなしと、無理をしないで「自然がご馳走」として、一人でも多くの人々に農業のよさを伝えたいと思います。」これからは引佐が面白くなる。
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