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しずおかグリーンツーリズム研究所
大魔神「Q」の旅や思いをつづるコラム
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大相撲観戦の巻
四股を踏み気合を入れるため、胸、顔をはたく、顔は次第に険しく

その体はみるみる朱に染まっていく。テレビで見る土俵に上がって

から相撲をとるまでの行為は長く退屈に感じるが、実物はその感は

ない。四股で上げた足が一直線に天井を向く。塩を撒き上げ、摺足

で仕切り線に寄る。制限時間いっぱい、手を着き腰が上がりぶつか

り合う。



今回初めて升席で大相撲名古屋場所を観戦してみた。あの升席で飲

み食いしながら相撲を見ることに憧れていた。13日目の取組、スタ

ートは10:30序ノ口、序二段、三段目、幕下ここまで97もの取組が

あって、14:30十両土俵入り、化粧回しをつけて東西それぞれの力士

が土俵に上がりぐるっと回ってお披露目をする。十両の取組が18番

あって、いよいよ幕内が土俵入りするのが15:50、横綱は単独で化粧

回しではなく真っ白な綱を締めて土俵に上がる。そして、右手を広げ

左手をわき腹に当ててせり上がる「雲竜型」で土俵入りした。

16場所も優勝している朝青龍のそれは威厳に満ちている。

結びの一番、魁皇との取組は予想通り横綱に軍配が上がったが、それ

でも座布団は舞う。千秋楽では白鵬が手に汗握る攻防の末、勝ち、

TV画面いっぱいに座布団が舞い回った。“砂かむり”の人は心しな

いとちょいと危険かな。



さて、相撲観戦にはまずチケットをインターネットで確保、升席で売

られるので4人の観戦仲間を確保する必要あり、一人11,300円也。弁当

お茶の申し込みを受け付けているので、持ち込み禁止と思い注文、2,200円。

でも会場に行けば売っているので無理に注文する必要はないし、持込んだと

しても咎められることはない。弁当価格もロング缶ビール600円も市場価格

の2.5倍。次回は絶対持込もう。



人が入り始めるのは十両土俵入り頃から、それまでは隣が空いていれば、

そこにいればよし、升席に大人4人はちょいと苦しい。“砂かむり”がいい

けど席料の高さもさることながら、席での飲み食いはできない。

どうです、お昼頃から升席で大相撲をバックに宴なんぞ。



溝口久 

しずおかグリーンツーリズム研究所  主任研究員
  浜名湖えんため(環浜名湖の観光振興を考える会)顧問

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大分県の旅18.4(その1)
4月末から愛媛県庁の温泉博士の田中さん、その彼のことを

「眼鏡をかけるとキムジョンイル、はずせば小沢一郎」と紹介

する福井さんと道後温泉の番頭、松山市役所の織田さんと

連れ立って別府、竹田、直入、久住、由布院の旅に出た。



道中で手に入れたパンフに二つの気になるイベントがあった。

「第5回長湯温泉シュパーゲルフェスト」:

シュパーゲルフェストって何かえ?(大分弁風に)

なんでん、ドイツ語で言うところのホワイトアスパラガス祭りとのこと。



ドイツでは毎年、希少な「シュパーゲル」の収穫期に地域をあげての

イベントが行われている。それを大分県直入町でやろっていうのだ。

***九州で初めて成功しました。シュパーゲル生産組合を立上げ、

全くの前例の無いところから試行錯誤を重ねようやくできたもの 

すでに5年目を迎えたシュパーゲルフェスト。



塩茹でにしてサラダやお浸し、そのままてんぷら、下茹でして炒め物

とにかく美味そうである。

5月14から28日まで長湯温泉地の宿屋飲食店で召し上がることができる。

14日(日)にはドイツ村広場で収穫祭が開かれ千円で300名限定試食でき、

ご当地にあるラムネ温泉に浸かりながらお出掛けされたら如何かな。

気になることは「食後とても尿が臭くなりますがびっくりなさらないように!」

と案内文に書かれていること。

(もう一つの気になるイベントとラムネ温泉のお話は別に つづく)

※写真は岡城にて

大分県の旅1
大分県の旅2

愛媛県内子町の旅(その2)
岡田さんは喫茶室の一隅に座し、語り始めた。

20世紀にすべきことをしてこなかった“つけ”が噴出している。

行政も企業もコミュニティーも、見渡せば悪いことだらけ。社会正義が失われた世の中だ。疑問をたくさん持ってほしい。20世紀の膿を出すことが21世紀のまちづくりにつながっていく。自治を守りながら、どうやって真の意味の内子の地域づくりを

構築していくか?そこに県がはだかると厄介だ。補助金が絡み、国への説明は県を通すことになって、県の担当の理解が得られないと国には届かない。わからないのなら、国へのレールをセットしてくれて、後は直接町が説明に行かせてくれたら何ぼいいか。それをやっている大分県が羨ましい。あれもこれも必要と言って、いろんなもん造っても地域は一向によくならん。箱物はすぐにできるが、経営のノウハウがないまま駄目になっていく。行政は誰も責任をとらない。

以前、文化ホールを造って欲しいとの声が上がった。「建設費は国庫補助で賄うことができるでしょうが、ランニングコストは町負担となり、年間1億円かかります。4,000世帯ですので1世帯当り毎年2.5万円の負担になるが、皆さん払えますか?」と答えたら黙ってしまった。

20年前「内子座」を7000万円かけて蘇らせた。当時、再利用を図るなんてことはまだ非常識だった時代で、7割近くの人がその古ぼけた芝居小屋を壊して駐車場にしろと言った。今では町並み保存と相まって、なくてはならない存在となっている。ここに岡田流「引き算型まちづくり」の美学がある。こうした氏の実績が、「あるものを生かす」というまちづくりの基本となって広がっていくことになる。

公的肩書きなんかは地域づくりに何の機能もしない。役場職員も自分を守ることで汲々としている。まちづくり懇談会の席上で「予算がないからできない」と平気で答える。もともと予算要求など、する気もないのである。
まちづくりの賛同者は町の人であり、同僚でもなければ肩書きのある人でもない。しっかり自分の頭で考え、責任を持って行動するのがプロの仕事だ、と檄を飛ばされた。

町並み保存から、次は村並み保存。個人の生活があり景観が守りきれない。ならばどうするか。制度を入れようとすると、その裏では「いくらくれるのか?」となり、規制をつくれば「その範囲なら何をしたっていい」となる。形だけ整えてもだめ。

「誇りを植え付ける」ことこそ大切だ。身に染み付いてしまった田舎コンプレックスから脱却し、村に住むことに積極的な意味を見出して、生まれ育った村に誇りを持つこと、それが村の美観を高めていくことになる。
そんな話を聴いているところに突然ポケットの中の携帯電話が振動した。由布院の中谷健太郎さんからだ。

「Qさん、内子へ行っちょるんか。岡田さん大丈夫かえ?よろしくって言っちょいてくれ。」

言葉は少し弱くなってきていても、語る口調の熱さから、魂の元気さには何ら衰えなし。岡田さん、次回はゆるりと村内でお話をお聴かせ願いたいものです。

そして聴きそびれたサスティナブルツーリズムのあり方も――。くれぐれもお体大切にお過ごしくださいませ。ありがとうございました。

(おしまい)

※写真は右から拙者岡田さん日高さん(鹿児島県庁)石川さん(静岡県庁)

DSC04770.jpg

愛媛県内子町の旅17.9.4(その1)
Jネット47という県庁職員有志の会がある。

2年に一度研修交流会をしている。今回は愛媛県が当番県だった。
愛媛県といえば内子町のまちづくりがつとに有名だ。
そのまちづくりをリードしている元役場職員、観光カリスマの岡田文淑さんのお話を伺った。


岡田文淑さんが体調優れないことは知っていた。
だが是非今こそ再会し、お話を聴きたいという無理なお願いに、
快く段取りしてくださった幹事の田中さんらには深く感謝してやまない。
由布院赴任中、観光協会と旅館組合の役員研修旅行で伺って
以来、7年半ぶりの内子だ。
「今、内子は由布院の1/10くらいの入込み客で一喜一憂している。
客が来れば金になるとひたすら信じ、駐車場をつくり、
トイレを建て、観光振興に過大な期待を寄せてきた人たちもいる。客は多ければ多いほどいい、多くなければ金にならないと信じて疑わない人の何と多いことか。安っぽい土産品を扱う店があっという間に建ち並んだ。心あるリピーターは、「内子も変わりましたねぇ」(由布院で散々聞かされてきた言葉と同じ)と、20世紀にあちこちに見られた“観光地”に様変わりしようとしている町並みを眺めて嘆く。まちづくりの手段が町並み保存であったものが、観光というフィルターを通して「まちこわし」に発展しそうだ。(グリーンツーリズムの提唱者の一人であるバーナードレーンが「行き過ぎたグリーンツーリズムは村の崩壊につながる」と言った、その言葉を思い起こす。)
内子町2



いい町を創ろうとすればするほど、いい観光資源につながっていく。
いい観光資源ができると資本は放っておかない。一過性の利益を求めて観光の仕組みがつくられる。旅の商品化であり、マスツーリズムの始まりである。そこには「もてなし」「癒し」といった旅の心は見えてこない。こんな理屈は由布院で学ばせてもらっているが、「その流れは何ともコントロールし難いものだ。」そう語っていた岡田さんに、今こそ直に会って、その難しいコントロール方法を聴きたかった。氏ならば何か策を打っているだろうと思ったからだ。(つづく)

※写真は内子町の町並み保全地区
内子町1

湯布院へ旅(4/28~5/2)その5
湯布院への旅5

最近、別府が元気だと聞くので久しぶりに足を伸ばすことにした。
昨年12月、神戸で地域通貨のシンポジウムがあり、
そのパネリストとして別府から栗田さんが来ていた。
YURO(湯路)という、EUと同じ呼び名の単位の地域通貨を持っての登壇だった。

人の厚意はありがたいが、自分のことは自分でやれと
教育を受けてきた日本人は頼み下手になっている。
ともすれば「お返し」を考えなくちゃならぬと煩わしささえ感じてしまう。
そこで地域通貨の登場だ。
30分当たりの作業に例えば「1湯路札」を渡すという仕掛けだ。
貰った人は別のサービスを受け、それを渡す。この通貨は国が発行している円と違って、
貯めても利子がつくわけでもなく、
下手をすると使う期限が決められていて、
それを過ぎると無効になるルールもあったりする。

だから、手元にたくさん貯めるよりも、
善意のやりとりを頻繁にやらないと得にはならない。
この地域通貨を地域コミュニティーの再生や地域活性化に生かすため、
今や国内で千を超える地域が導入している。
栗田さんからいただいた「1湯路札」の表は別府観光の開発の祖、
例の温泉マークをつくった「油屋熊八翁」の肖像が入っている

湧出量日本一を誇る別府らしく「湯路は循環しても、
湯は循環するなかれ」と書かれている。
裏には「このシステムは、別府の豊かな自然から生まれてくる温泉、
そして路地裏に暮らす人々の温かな人情と、
熊八翁から引き継がれている旅人をねんごろにする心という、
本当の資本によって支えられている。」と説明があり、
いただいた「1湯路札」の有効期限を「湯ざめする日」として、
17年7月31日とスタンプが押されている。

「湯ざめする日を過ぎた湯路札は、
その役割を終え、別府観光の記念品となります」と注意書きがあった。
遊び心満載の地域通貨である。この1湯路で、
共同浴場に1回入ることができる。
湯ざめする日までにまた別府に行くことはかないそうになく、
記念品になりそうだ。(つづく)





伊豆の旅(17.7/2,3)その5
あじいか


ホールの壁に昭和55年阿久悠作詞と書かれた校歌があった。

♪ 熱海沖合いに初島がある
空にも道がある 海にも道がある
流れる風にも道がある
歩けよ たずねよ 自然の子らよ
太陽と語れよ おおらかに
君らには あり余る光があり
君らには あり余る愛がある
視界ははるか 三百六十度
地球の丸さを知る子供たち
初島 初島 ああ 初島 ♪

「地球の丸さを知る子供たちかぁー、いいなぁ」



この後、名物「あじいか丼」を食べに、
ずらっと立ち並ぶ飲食店の一つに入った。
これらお店はみな同じ作りで、
場所によって不利にならないように、
何年かおきにお店を変わる制度になっているとのこと。
仲良く暮らす仕組みがいくつもありそうだ。


さて「あじいか丼」、ご飯に岩のりが敷かれ、
その上に少し前まで店前の水槽で泳いでいたイカが刺身になって、
アジの切り身と一緒に載っている。
これで1,500円は高いなぁ。
季節商売ということとそのその新鮮さに免じて許そうかと思いつつ、
私のつくる簡単海鮮丼の方がうまいと嘯いた。


港に戻り、後藤さんの見送りを受けて一路伊東港に戻った。
「次は伊豆大島にどう?今度はヨットでね」と錬堂さんが言ってくれた。
伊豆の魅力は半島ばかりではない。海も島も相当に面白い。


帰ると西島さんから、
「お相手できずに申し訳ない、次回は泊りがけでどうぞ」と
ありがたいメールが入っていた。
次回の伊豆は8月の修善寺温泉だ。
桂座という芝居小屋がこの時期にだけ蘇る。お楽しみは尽きない。
(おしまい)

※写真は初島に立ち並ぶ飲食店 「あじいか丼」

お店

伊豆の旅(17.7/2,3)その4
DSC04218.jpg

※写真は初島小中学校の体育館


初島は熱海市沖合いにあり、「相模湾の真珠」とも呼ばれる周囲約4km、面積44ヘクタールの小島である。

江戸時代(1830年)から世帯数は41世帯と決められ、長男は家を継ぎ、
次男以降は島から出なければならない。男がいなければ入り婿をとり、
世帯数を守るという風習が続いている。
この41世帯は民宿か観光飲食店、加えて漁業で生業を立てている。
このことを、職場に熱海市から出向してきている八木さんから教え
られていた。


 曇りがちな朝だが、今日の初島行きはどうなるんだろう?錬堂さん
が船の世話をしてくれる人と連絡をとっていた。風がなく雨も降り
出しそうだから、ヨットではなく漁船で行こうということで、残念
ながらお洒落なクルージングではなくなった。


漁船にしてはオレンジ色に塗られた派手な船体で、しかも長い。
我ら5人で一隻ではもったいない大きさだった。船首にいたら船頭さんが
後ろへと言う。港から外に出たとたん波を越え上下にかなり揺れる。
確かに前では立っていることができない。でも後ろじゃ面白くないと、
椅子が備え付けられている屋根に昇ってみた。海を360度見渡すことが
でき快適快適、目指す初島が間もなく見えてきた。


港に船を寄せるその時、停泊しているクルーザーの右舷に当たった。
艇のそばにクルーがいて、海の素人我ら3人はドキッとしたが、船頭も
錬堂さんも「へこむような箇所ではない」といっこうに構わない。


島には今年初島小中学校長として赴任された後藤さんが待っていてくれた。

島を案内してくれるのかと思いきや、まずは学校へ。

 木造でログハウス風のその校舎に入ると中央階段ホール、その先は舞台があって体育館になっている。小学校の教室は1階で2階には中学校の教室と音楽室や理科室の特別教室がある。小学生16名、中学生5名、教職員12名の計33名が一つの家族のように学校生活を送っている。



住民も、そして先生にとっても、ここには濃密過ぎる人間関係がある。
入ってくる嫁も婿もこりゃ大変だ。そんな話も次来る時には聞いてみたい。

(つづく)

伊豆の旅(17.7/2,3)その3
伊豆の旅3



錬堂さんと約束の時刻が迫ってきているが、
せっかくここまで来て伊東の温泉に浸からない手はないと、
近くの東海館に向かった。

昭和初期の建築様式をそのまま残す木造3階建の温泉旅館が、
平成9年に廃館後、伊東市に寄贈され、
平成13年から観光施設として利用されている。

温泉はもちろんのこと、面白いことにここでは御座敷文化大学が開れ、
「芸者いき粋体験学部」「お座敷芸遊学部」なるものがある。
一度受講してみたいものだ。

結婚披露宴で満腹になったお腹もそろそろ落ち着いた頃、
錬堂さん宅に向かう。
伊豆高原の別荘地にある「菓子の木」が
お店・工房兼ご自宅になっている。
別荘地内は入り組んでいて何度行ってもわかりそうにない。
心強いナビのお蔭でぴったりとその位置を当てた。


19時半を回り待ちくたびれた感があったが、
ご家族皆で迎え入れてくれた。早速、酒宴となった。

伊東漁港を抱えているせいか魚がうまい。
次から次に出てくる奥様の手料理も見事に素材の良さを引き立たせていた。


錬堂さんはフランス菓子職人だが、
最近は専ら温泉療法で名が知られている。
温泉に身を委せ浮かぶことでのリラクゼーションや、
腰痛、肩こり、膝痛を、
ツボを指圧で刺激しながらストレッチする方法で治癒してゆく。
多くの人がその効果に驚いている。
先にはドイツにまで呼ばれ、
そのことがドイツの新聞紙上にも掲載された。
今の姿から想像できないが、少年期まで虚弱体質でアレルギー、
将来に不安を抱えていたと言う。
その後、偶然入隊した海上自衛隊(潜水艦乗組員だった)で鍛えられ、
今日の基礎体力ができたとのこと。


一度、錬堂さんに温泉でのリラクゼーションをやっていただいたことがあったが、
あまりの心地良さに時の経つのを忘れ、まさに胎内回帰したような気分であった。
話は尽きなかったが、昼にたんまり飲んでいることもあって23時には休ませていただいた。

山の中にありながら眼下には伊東沖の海が見え、
海から吹く風で、7月というのに朝方は冷え込に目が覚めた。
今日は初島へクルージングだ。(つづく)
伊豆の旅(17.7/2,3)その2
結婚式を終えると同行の仲間7人中4人は帰路に着き、
残り3人で伊東に向かった。
今晩はパティシエ兼温泉セラピストの杉本錬堂さん宅にお世話になり、
翌朝は初島にクルージングと洒落込む予定だ。

その前に伊東市の街中散策をしようと、まずは西島彰さんを訪ねることにした。
氏は地域通貨「温銭」運営のキーパーソンだ。この「温銭」を手に入れるには「ささえ愛ネット」に入会、
その時に自分の「してあげられる事」と「してほしい事」を登録する。
個人は買い物してあげるとかパソコン教えてあげるとか、
お店は代金の一部を「温銭」で受け取るとかを登録し、
1200円の参加費を払うと3000温銭を手に入れることができる。



西島さんは美容院を経営され、自らも髪を結う。
土曜日の忙しい時間に訪ねてしまったが、
仕事の手を休め満面の笑みで迎えてくれた。
お話する時間は殆どなかったが、すぐに100温銭を渡してくれた。
これを手に街に繰り出すことにした。
そこにはお店も温泉のサービスも待っている。
商店街にはところどころに「お湯かけ七福神」と呼ばれる湯の出る場所があり、
魚屋の店先には名物の干物が並べられていて、
海を持つ伊東温泉地らしさを感じた。人通りもなかなか多い。



早速、和菓子屋に入ったところお茶もお菓子も出していただき、
そのもてなしとお菓子の味が気に入った仲間二人は、
名物の饅頭を手にして支払い代金の一部に「温銭」を使った。
ちょっと得した気分だ。

ただ伊東の住民ではないから「温銭」本来の「させていただく」という
善意の循環の一員になれないのが残念と言ったら、
市外の人もいるとのこと。さしずめ私なら
「舘山寺、寸又峡、伊豆そして湯布院他温泉宿紹介します。もちろんサービス付きでね」
「出張蕎麦打ちします」「住宅設計アドバイスします」
「まちづくりの勘所伝授します、人を紹介します」「NPOのお話も」かな。


 今年になってこの「温銭」は、
渋谷で使われている地域通貨アースデイマネーと互いに使い合えるようにした。
全国でもまだあまり例を見ない先進的な取組だ。


この後、昨年オープンした市民活動センターPalに寄った。
殆ど予算のない立ち上げだったとのことで、
喫茶店や商店で使われていた家具やラックが持ち込まれていた。
事務局長の都甲豊子さんのセンスもあってか、
いずれもなかなか温かみがあって心地よい空間となっている。
今日は17時にオープン、NPO法人設立相談と夜の会合に使う団体のためだそうだ。
(つづく)



※写真は伊東温泉の地域エコ通貨 100温銭

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伊豆の旅(17.7/2,3)その1
下田市に仲間一行7人で結婚式に出向いた。
下田市役所に勤める土屋君23歳の結婚式だ。
彼は大学時代、地域づくりの現場を学ぶインターンシップ生
として大須賀町(今は掛川市)と豊岡村(今磐田市)に来ていた。

それを縁に、大学のある千葉県から、そして就職後の下田市からも、遠路に関わらず、イベントの手伝いや、仲間で耕作している
「なんでもあり農園」の作業にちょくちょく顔を出してくれた。
身長190近い大きな身体で、フットワークよろしく突然姿を現す。
その彼から、突然メールで「結婚式に出てくれませんか」のお誘い・・・。

え!もう結婚するの?そして、私まで招待するのかぁ?と思た。
どうやら、遠州そば食文研に名を連ねる8名に招待があったようだ。
せっかくだからみんなで押しかけようと、話はすぐにまとまった。



海が一望できる伊豆急ホテルで結婚披露宴が始まった。我々も誘うぐらいだから
さぞ大勢だろうとは予想していたが、総勢140人程。 14テーブルにも及び、友人・同僚・親戚、それに隣組まで。 最近はあまり見かけなくなった

仲人もしっかりと両脇にいる。聞くところによれば、土屋君の家は200余年前に建てられたもので、土屋家本家にあたり、仲人は新家筋の人ということだった。

旧家の結婚式なのだ。

そうそう、私も32,34歳の時に仲人なるものをしたことがある。
もうすることはないだろうなと思うと貴重な体験をさせていただいた。
小池家と塩川家には大いに感謝しなければ・・・。


仲人、主賓の挨拶の後には乾杯の音頭だ。わがグループ代表の鈴木正士さんにその役が回ってきた。

「土屋君はいつもフットワーク良く現れ、地域づくりの助っ人として大いに助けられた。」

やや緊張した面持ちながらも、穏やかに優しい言葉で語り、なんともほのぼのとした気分になった。
仲人が「放浪癖」と評した土屋君のフットワークの軽さを、
「とんでもない。あのフットワークこそが人の縁を生み出し、彼の人生の宝になっているのだ」と反論したところがいかにも正士さんらしく、思わず拍手を送った。



次々と舞台で歌や余興が繰り広げられ、調子に乗った新郎土屋君はどうやらだいぶん酔いが回ったようだ。

締めの挨拶では、「酔っ払ってしまいました」と前置きしながら、これからの抱負や決意を語ってくれた。

まだ23歳、お楽しみはこれからだ。

会場を出ると見たことのある顔が・・・。
日本を代表するペーパークラフト作家の広井氏ではないか。
大須賀町で毎秋開催している「ちっちゃな文化展」に出展されている方で、東京を離れ下田に移住したと聞いていた。
同行の深谷孝さんが呼んだようだ。
土屋君の結婚式で回りの者がさらに結びついていく。ありがとう、土屋君。

下田に来た価値は大きい。
この後、私は伊東に向けて、「交流の旅」をスタートさせた。(つづく)

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